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スマホで水切りをするお嬢様

寒風の吹きすさぶ中、私は気づいたら河川敷に来ていた。二月も下旬でじきに春が来る。冬が最後の力を振り絞った寒波は人出をまばらにした。

灰色の空では散歩してもたいして気は晴れない。それどころかこれといった防寒をせずに出てきたのでむしろ寒さが身に染みる。それもこれもあのにっくき就活などというモノのせいだ。私には特段やりたいことがない。なので志望業界も決まらないし、就活にやる気も出ない。だって、社会の歯車になるために努力しろと言われても、したくないに決まってる。ふと全部が嫌になったので、全部ほっぽり出して家を飛び出した。採用情報ページのタブも薄っぺらな自己啓発本も履歴書も、全部そのままにして。

そんなすべてがどうでもよくなった私のジーンズのポケットにはスマートフォンが突っ込まれている。エントリーした企業から何か連絡があったらと不安がよぎって持ち出すことにしたのだ。結局全部どうでもよくなんかなっていない、私は破天荒にもなり切れなかった。

まっとうに生きられるほど真面目じゃないし、かといってはみ出し者として生き抜くためのしぶとさもない。このままどっちつかずのまま、どうしようもない生を送るのだろうか。それは嫌だけど、じゃあどうすれば?

悶々と考えを巡らせながら歩いていると、ポチャンと水音が聞こえた。その方向に目をやると、それは見事なお嬢様がいた。アニメでしか見ないような金髪縦ロールで、高級そうなコートに身を包み、すらりと伸びた手足を存分に使って水切りをしていた。お忍びなのかおつきの者はおらず、それどころか自分の肩にカバンをかけている。

お嬢様も水切りをするんだなあと親近感を覚え眺めていたが、どうも様子がおかしい。彼女が勢いよく投げる石はよくて二回、ほとんどは一回も跳ねずに水しぶきを上げて川に沈んでしまうのだ。下手な投げ方はしていないがどうしてだろうと思い、よくよく見ると彼女が投げているのはどうも石ではない。全部似たような、ひらべったい板状のなにか。そう彼女が投げていたのはスマートフォンだった。

それに気づいたとき、私はなんだか胸のすく気持ちがした。きっとお嬢様にはお嬢様なりの苦悩があるし、嫌気だって差すのだろう。そしてため込んだストレスでどうにかなりそうだった彼女は後先顧みない行動に出た。彼女にはそれができたのだ。なんてクール。

上流階級には上流階級なりのわずらい事があって私たちと同じかあるいはそれ以上に堪えるのだろう。わかる、わかるとも。私は川べりにおりてスマホを取り出した。彼女の行動力への感銘と生まれ変わった私への期待を込めて、私はスマホを勢いよく川面へ投げた。ほぼ同時に彼女もスマホを投げ込み、二つのスマホは仲良く五回ほど跳ねたのち川に沈んだ。

どうやらさっきのが最後のスマホだったらしく、彼女はカバンの口をしめた。そして鈴のような声でこう言った。

「お~ほっほっほ! 貧乏人には到底できないスマホ水切り、これこそやんごとなき身分のための遊戯ですわ~」

私は急いで川に飛び込んだ。川の水はひどく冷たかった。